はてなの『人気記事』は大体が本文を見る必要がないクソ記事

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はてなで『人気記事』として表示されるのはこんなのばっかり↓

今どき「母親が自分のためにつくってくれる食事が、一番いいに決まっている」とのたまう校長の高校が約40年間東大合格者数No.1なのだから、東大の女性比率の低さが変わることはない - 斗比主閲子の姑日記 https://topisyu.hatenablog.com/entry/2020/01/08/073000

世界で0.1%の花

私が中学生のころに「世界に一つだけの花」という歌が流行りました。

一つとして同じものはないから NO.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one

といった歌詞が当時の世相にマッチしたようですが、「NO.1を目指す中でこそOnly one になれるんだ!」なんて反発する人もいました。

私も、偏屈だったので、「確かに人はOnly oneだけど、人より優れていないと意味ないよなぁ。俺だって歌は歌えるけど、SMAPみたいにCDを出せるわけでもないし」と思ったものです。

しかし、大人になってちょっと考えが変わりました。

ある分野でNO.1になるのは難しい。しかし、その分野に参加しているというだけで、実はかなり希少な技能だったりする

絵を描けるのは特殊技能

私の父は、年賀状に息子3兄弟の似顔絵イラストを描いていました(親戚には人気でしたが、あくまで素人レベル)。当時、我が家には数百枚の年賀状が届いていましたが、イラスト入りは父の他に1、2枚でした。つまり、父は「似顔絵イラストを描く」という100人に1人しか持たない特殊技能の持ち主だったと言えます。偏差値で言うと73です。東大入試の偏差値は70前後ぐらいですから、偏差値73ってすごくないですか?

あるいは、ストーリーマンガを1話書ききった経験がある人はいますか?もしそうなら、あなたは、数千人〜数万人に1人の逸材です。学生時代、校内にマンガ1話描いた人はいなかった(現にいない)でしょう?漫画の世界では新人はまず1話を描き切るのが大きなハードルとされているそうですから、書ききった人はそれだけで希少な存在です。

文章を書けるのも実はレア

私が最近仕事で感じている「文章を書ける」のも、思ったよりレアな技能かもしれないということ。もちろん、全く字が書けない人は少ないのですが、読みやすい文章を、必要な時に必要なだけ書くには、訓練が必要です。

プログラムの開発工程には、「コードレビュー」という、書いたプログラムに問題がないか他のプログラマーがチェックする工程があるのですが、そのコードレビューで私が指摘するのは、

  • 「後で読んだ人が理解しやすいよう、コメント(プログラム内に書く補足説明)を書いてください」
  • 「どうしてこのコードが必要なんですか?企画書のURLをコメントに書いてください」
  • 「『ステータスコードが300以上の場合』ではなく『失敗した場合』と書いた方が直接的です」
  • 「このコメントの内容は、コードを読めば明らかなので、不要です」

のような、プログラムの動作には直接関係しない、コメントに関するものが大きな割合を占めます(体感で3割ぐらい)。コンピュータ用のコードを書くのは上手なのに、人間向けのコメントを書くのは下手な人が結構いるんです。

また、社内にはWikiという誰でも編集できるWEBサイトがあります。プログラムの仕様などを情報共有するためのもので、どんどん書いていって欲しい(情報が増えれば私が仕事するのに助かる)のですが、実際には一部の人しか記事を書きません。実は、結構な割合の人が「適切な文章を書けない」「書くのに苦手意識がある(のでできれば書きたくない)」のかもしれません。ツイッターだってほとんどの人はROM専らしいですから。

スポーツだって希少価値

http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/houdou/31/02/__icsFiles/afieldfile/2019/02/28/1413747_001.pdf(スポーツ庁の調査)によると、成人の週 1 日以上のスポーツ実施率は 55.1%です。つまり、何らかのスポーツをやれば、それだけで「スポーツ偏差率」50越えを達成しているのです。

さらに、スポーツの競技人口を考えてみましょう。こちらのサイトによると、人気スポーツのサッカー・野球ですら競技人口はこの程度です。

  • サッカー(フットサルを含む)・・・677万人(8.7%)
  • 野球(キャッチボールを含む)・・・814万人(10.4%)

しかも、この数字はおそらく「月1遊ぶ」程度の基準です(ランキング1位が「ウォーキング・軽い体操 4682万人」とかですし)。

だから「毎週土曜日に会社の草野球同好会でプレーして、夜はテレビでナイターを見るお父さん」は、日本全体から見れば、ごく一握りしかいない、ハイレベルな野球愛好家と言えます。だから、名探偵コナンを観れなくても文句を言うのは止めましょう。

そして、カヌーとかアーチェリーのようなマイナー競技なら「やったことがある」だけで、小数点以下しかいない貴重な人材ということになります。

だからどうした?

マンガ・文章・スポートに限らず、貴方がちょっとでも特技や趣味としているものがあれば、貴方は偏差値70以上の逸材です。それでSMAP並みに稼ぐことは難しいかもしれませんが、卑屈になることはありません。NO.1ではないとはいえ、かなりのレア物なのですから。

また、そこそこ程度の能力でも役に立つことはあるはずです。例えばマンガなら、ホームページの会社紹介の隅に4コマ漫画を自分で描いて載せるとか。本職に発注すればギャラ以外に、発注の手間もかかりますが、自分で描くなら融通が利きます。チョロっと書いたものが、意外に高評価を受けたり、商談の際にアイスブレイクのネタになるかもしれません。

また、社会が変わって能力が役立つこともあります。我が父も、健在だったら今頃LINEアイコンを作って定年後の小遣い稼ぎをしていたかもしれません。今年のラグビー流行で、ラグビー部員は一杯おごってもらえたかもしれません。

逆に、商品やWEBサービスを作るときに、自分を基準に考えるのは危険です。任天堂のゲーム機には「Mii」という似顔絵を作る機能がありますが、「似顔絵を描くのは簡単。俺でも出来るんだから」と考えて、ゼロからフリーハンドで似顔絵を描ける機能を用意しても、大半の人は使いこなせない(あるいは使おうともしない)でしょう。だから、Miiは予め用意された顔のパーツの組み合わせで似顔絵を作るようになっています。

社内Wikiを設置するときも、「さあ皆さん書いてください!(だって、書くのなんて簡単でしょう?)」では失敗するのは決まっていて、

  • 書くハードルを下げる(予めページを用意しておく等)
  • 書かざるを得なくする(「毎週水曜16時~17時はWikiを書く時間」等)
  • 書くモチベーションを高める(「Wikiをよく書いている人ランキング」を作る等)

といった施策を考えることも必要です。

あとがき

Only oneでもNumber oneでもないけど、役には立つよ、きっと。

エンジニアの説明下手は「知識の誘惑幻惑効果」のせいかもしれない

ちょっと前、こんな記事が少し炎上していました。

説明が分かりにくいのは知的怠慢だ、技術者よ思い上がるな | 日経 xTECH(クロステック)

https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00148/100300081/?n_cid=nbpnxt_twbn

「エンジニアの説明下手」については、

  • 説明を受ける側の事前知識が足りないにもほどがある
  • 結論は決まっているのに、アリバイのためにプレゼンをさせられる
  • マネージャたる上司がするべきレベルの説明なのに、平のエンジニアに丸投げされ、失敗すれば評価が下がり、成功しても上司に手柄を取られる
  • 「コミュニケーション能力」が手垢がついたバズワードであり「情報伝達」「アイデアを引き出す」「人を発奮させる」「上司や顧客をコントロールする」「幇間の才能がある」「イケメンでモテる」などが一緒くたにされてしまっている

などなどの問題もあるわけですが、それはさておき、説明が分かりにくいエンジニアは、たしかに時々見かけます。特に若手で。ベテランも時々いますが。

ところで、心理学には「知識の誘惑幻惑効果(seductive allure effect)」というバイアスがあるそうです。アンチパターンのゴールデンハンマー(Golden Hammer)に近いもののようです。

説明文は、学術的に妥当なものと不適切なものの2種類があり、さらにそれぞれが科学的用語を含むものと含まないものの2種類ずつ、計4種類が用意された。妥当な説明の内容は、科学的用語の有無を除けば、まったく同じものである。不適切な説明も同様。これらを比較することにより、科学的用語の有無が、読み手への説得力にどのように影響するかを測定できるというわけだ。

神経科学を学んだ経験のない一般人は、不適切な説明であっても科学的な用語が加わっていると、説明の内容部分は同じなのに、科学用語がない説明より高く評価した。

それに対して専門家は、科学的用語の有無に関わらず、不適切な説明文は低く評価した。さらに、適切な説明文に科学的用語が加わったものは、その科学的用語の内容が不正確であり説明内容に適していないとの判断から、科学的用語がない説明よりむしろ低く評価した。

しかし、脳神経科学入門の講義を半年間聞いた学生たちは、専門家とは真逆の反応を示した。一般の素人と同じく、不適切な説明文でも科学的用語があれば、そうでないものより高く評価し、さらにあろうことか、適切な説明文でも科学的用語が加わった方を、より優れた説明と評価したのだ。これは、専門家の判定とは正反対だ。

(中略)

むしろ、知識があることがその適切な使い方を妨げ、その知識を使わない方がより適切な場面でも知識を使ってしまう誘惑に、ぼくたちは駆られている。知識は人を、使うように使うようにと誘惑し、幻惑する。

覚えた絵空事を使ってしまう「知識の誘惑幻惑効果」から自由になる法(佐倉 統) | ブルーバックス | 講談社(4/5)

これを読んで「説明下手なエンジニアは、知識の誘惑幻惑効果にかかっているのではないか」と思いました。

例えば、プログラミングにちょっと興味がある(けど未経験)の高校生に「Pythonってどんな言語?」と聞かれたら、

Pythonは高機能なわりに、書きやすさも重視していて、初心者にもオススメ。Googleなどメジャーな企業でも使っていて、最近はAI分野でも人気です。MacでもWindowsでも使えるよ」くらいの説明をして、相手の興味に応じて適宜補足していけばいいのに、

Pythonを覚えたてで興奮しているプログラマーは、いきなり「Pythonオブジェクト指向・動的型付けなどの特徴を持つスクリプト言語であり、インデントによるブロック表現によりコーディング規約に頼らずとも、教育用言として優れている。numpy, pandas といった数値計算・行列計算ようのライブラリが充実しているため、機械学習ディープラーニングの分野でも人気が高いが、PyQtなどのGUIライブラリもあるし、バッテリーインクルーデドといってライブラリを追加インストールしなくても標準ライブラリの範囲内で多くの業務をこなせる。ただし、pipenvとpoetryが(ここで『うんわかった。ありがとう』と言われる)」のような、用語を使いまくった説明をしてしまうんです。

もちろん、「説明下手」はこれ以外もいろんなタイプがあるんだと思いますけど。

なお、知識の誘惑幻惑効果を避ける方法があればいいんですが、特に特効薬があるわけではないようです。引用元記事でも「’難しい」としています。

高校生に接する機会を増やせば良いのかもしれません。

知識を適切な文脈で使う能力(これを「リテラシー」と言ってよいのかどうか)を大学の授業で身につけることは難しい。大学のような均質な空間では、実生活におけるさまざまな場面や文脈をすべてシミュレートすることはなかなかできない。限界がある。

むしろ大学以外の場に目を向け、博物館や科学館や動物園を、そのような能力を涵養する場として注目したい。文脈に応じた知識の使い方を身につけるには、博物館などのような一般にも開かれた所で、展示物や来館者と関わりながら、情報がどのように移り変わっていくかを肌で感じつつ学んでいくのが有効ではないかと思うのだ。

覚えた絵空事を使ってしまう「知識の誘惑幻惑効果」から自由になる法(佐倉 統) | ブルーバックス | 講談社(4/5)

「日本人には名字がある」ことへの素朴な疑問

お盆に親戚廻りをすると、我が家の名字の歴史を聞かされることがあります。我が家は江戸時代は別の名字だったが明治時代に変えたとか、市内の同姓の電気屋と美容院は親戚ではないが縁があるとか。

ところで、ネット上で

江戸時代の庶民も、公には名乗れなかっただけで、みんな名字を持っていた

という説を見ることがあります。これは本当なのでしょうか?

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About me

東京在住のプログラマーです。

プログラミング関連の話題を投稿しています。

最近は、実務的な話題はQiitaや勤務先のブログの方に投稿しており、こちらのブログにはプログラミングに関係ない思いつきが多くなっております。

なぜサードパーティ・ライブラリを避けるべきなのか?

例えば Pythonには標準ライブラリに urllib.requestというモジュールがありますが、高機能なサードパーティ・ライブラリである requests が普及しています。

しかし、私は先日あるプロジェクトであえてrequestsではなくurllib.requestを使うことを選びました。友人にそれを話すと少し驚かれましたが、私は以下のような理由から、場合によってはサードパーティ・ライブラリは避けるべきと思っています。

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ありがちな「なぜ”デスクトップLinux"は普及しなかったのか?」へのありがちな反論

ITmedia エンタープライズに、なぜ“デスクトップLinux”は普及しなかったのか?という記事が載っていました。デスクトップLinuxの失敗については今まで何度も色々な人が書いており、どうということは無い記事なのですが、

 AppleのUIを最高と考える私にとって、“Macより劣るWindows劣化コピーでしかない”デスクトップLinux(当時はRHEL4でした)は、苦痛でしかなかったのを覚えています。コンシューマーデバイスにおける一貫したUIの大切さを実感したということですね。

なぜ“デスクトップLinux”は普及しなかったのか? (1/2) - ITmedia エンタープライズ

・・・という、Apple 信者が何度も何度も何度も蒸し返す誤った理論が述べられておりムカついたので、大人気なく反論しようと思います。

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